1998年下半期 青山俳句工場向上句会超特選大会選句結果

(長文注意!)

お待たせしました! 98年下半期超特選、選句結果の発表です。
1句選という無茶な企画に50名の方がご協力くださいました。ありがとうございます。
ふだん俳句に勤しんでいる方も、俳句とは全く無縁な方も、同じように悩んで1句を挙げてくださいました。通好みの句、素人ウケする句。みなさんの選句評から何かが浮かび上がってくることと思います。できれば通をうならせたい。できれば多くの人に愛されたい!
夢は大きく、日常は地道な積み重ね。(わたしも大人になったもんだ^^!)
さあ、今年もみんなで向上しましょう。

向上句会とりまとめ:山口あずさ


選句協力:桑原伸、カズ高橋、後藤一之、さとうりえ、松山けん太、蓮、村井秋、またたぶ、林かんこ、にゃんまげ、船外、城名景琳、小島圭司、鯨酔、肝酔、梟帥、小原麻貴、鉄守、Y、石津優司、鉄火、南菜風、守口守、かるべ、柴田、ミッチー、信時哲郎 、MIYO、めぐみ、さつき、yokot、ウィリアムズ(電脳Hikin'Club)、大石雄鬼、田島健一(以上2名、豆の木)、山本一郎、満月、あかりや(以上3名、FHAIKU)、宮崎斗士、中村安伸、白井健介、千野 帽子、青嶋ひろの、木村ゆかり、田中亜美、神山姫余、上原祥子、吉田悦花、内山いちえ、大須賀S字、山口あずさ(以上13名、青山俳句工場)


全体的な感想:

けん太 :この句会の作品から、俳句を詩と真正面からとらえているもの、言葉遊びとして斜めに構えてとらえているもの、この2つを見つけることができます。私自身の問題でもあるのだけれど、それが今年どうなっていくのか、見守っていきたいと考えています。本年もどうぞよろしく。

健介:さすがにこの錚々たる94句の中からたった一句の『超特選』を選び出す悩みというのは非常に贅沢な気分を伴うもので、悩むことが心地好く感じられた。青山俳句工場「オレも悪かった」係に投書せねばならぬ身として、足を引っ張る罪深さをつくづく認識。でも反省のない奴なんだよなぁ…オレって…。

いちえ:明けましておめでとうございます。(年はとっくに明けてしまいましたが)本年もどうぞよろしくお願いします。1999年世紀末。平和であって欲しいですね。ところで、21世紀は2001年からはじまります。「ドラえもん」が引き出しから出てきたらどうしよう。絶対、生け捕りにしよう。でも、「ドラえもん」は21世紀から来るのだから、どういうことになるんだろう? 年明け早々、難題にぶつかってしまった。兎にも角にも(おお!我ながらうまい!卯年とかけてしまった。)青山俳句工場にとって素晴らしい年でありますように。

景琳 :94味が楽しめました。自分的な生活で選句しました。

一郎 :どうして1句しか選べないんだ。せめて3句ぐらい選ばせろ、もうー、このがんこもん!!!。

秋 :よく分かるけれど採りたくない句から、あまり分からないけれど、とても気になり考え込んでしまったり、とにかく色んな句があって面白いですね。

南菜風:ごぶさたしております〜。下半期も第7回に参加しただけでしたので、超特選に最後まで迷った句には感想を少しつけました。

めぐみ:素敵な句が多くて、選ぶのが大変です。こういう句たち、かなり好きです。

梟帥 :流石に超特撰候補。何時もに比べりゃ、何も敢えて逆選する迄も、と思いつつ。i love you, kiss, make love, sex, fuck, cunt,prick,etc.俳句にしているお嬢さんお兄さんが多いように見受けるが、やるなら、やってあんまりこういうの持ち込まない方がええ。

伸:以前、特選をとらせていただいた句はすべて、またあらたにコメント致しました。他の句も、また違うイメージでとらえたコメントを読むのが楽しみです。

祥子:視覚・聴覚・嗅覚等、いわゆる五感と加えて第六感、全て駆使した人様々の句が目白押しで、また今後の「青俳」が楽しみです!特選以外で好きな句「縁談の真ん中に置く鳳仙花」「炎昼の穴掘る遊び遠いサイレン」「象伏して冬の景色となりにけり」「向日葵の点滅東京駅痩せる」「キャベツより翼剥がして誕生日」「ひまわりの羽音が聞こえたかと思う」「失言を取り消す気なし髪洗ふ」「ひぐらしやがんばるときのかたえくぼ」「ありもせぬリセットボタン探す秋」「東京駅の空をはがせば銃口がほら」

yokot :なんか以前よりおもしろいみたい。むやみに気持ち悪いの少なくて。

帽子:さて第6-10回向上句会は、わたし皆勤してるので、わたしが特選にしてた句は5句(「商都」「鶴の断面」「西瓜の皮」「球体」「グリコ男」)あるわけです。また並選をつけた句で、ほかのかたが特選にしたので今回の超特選大会にエントリーした句が6句(「縁談」「実印」「人体」「鈴木」「木枯の一号」「アイロン」)あります。では、94句のうち上記11句およびエントリーしている拙句7句を除いた76句がぜんぜん気に入ってないのかというとそうでもなく、苦渋の選択で並選にしなかった句もあります。「なーんちゃって」「白桃の嘘」「キャベツより翼」「指相撲」「ひょっこりひょうたん島」「筋肉の素描」「敬老日」「不登校」「鼻、鼻、舌」などが印象に残っています。逆選は義務ではないとのことなので、選びませんでした。さて、もうすぐチノボーも俳句をはじめて2年になります。ということは《青山俳句工場》本誌2号を神保町三省堂で見かけてからもうすぐ1年、向上句会に参加してもうすぐ10か月、青山俳句工場工員になってもうすぐ9か月です。きわめて飽きっぽいわたしがこうやって2度目のお正月を迎えることができたのは、句会というゲームに常習性があるからだと思います(わたしは俳句より句会が好き)。なので、第10回から規定出句数がひとり2句に減ったのがほんとはちょっと残念。なお1998年向上句会でもっともチノボーから点を奪った作者に贈られる第1回帽子向上賞は、第3-10回の8回で特選を2点と計算して10点をわたしから吸い上げた中村安伸氏に決定しましたので、中村さんは以後プロフィールには「第1回帽子向上賞受賞」と書くようにしてください(←バカ)。

圭司 :この中から1句だけを選ぶ。恐ろしくハードな作業。

またたぶ : (当時の評価と現在とで多少変動がありますが、ご了承ください)工場句会を楽しくするもつまらなくするも、投句者次第ですね。今年も楽しく詠みましょう。どうぞよろしくお願いします。

蓮 :やっぱり、うまいなぁ、という思いが強いです。今年は言葉の勉強をさせていただきます。


超特選3点句   

象伏して冬の景色となりにけり   後藤一之

カズ ウィリアムズ S字 

ウィリアムズ :すっかり葉をおとし枯れた木々、うっすらと積もった粉雪、木枯らし、暗い冬、すべてが伏した象のイメージと重なります。体の心から寒々としてくる感じ。うっとりと寒さに身をゆだね、凍死していく恍惚感。あるいは暖かい暖炉のある部屋で、冬景色の絵を鑑賞しているような幸うっとりと寒さに身をゆだね、凍死していく恍惚感。あるいは暖かい暖炉のある部屋で、冬景色の絵を鑑賞しているような幸福感。とにかく好きな句です。
南菜風:象だけで、冴え冴えとした冬の景がひろがる。見事です。すっきりした秀句。
カズ:寒くてキライな季節になりました。
S字:自然な詠みぶり。良質の詩精神に魅了された。

ありもせぬリセットボタン探す秋   北山建穂

伸 柴田 鯨酔 

鯨酔 :いとも簡単にリセット出来る情報化社会にあって、リセット容易ならざる現実とのギャップが感じられて面白い。「秋」の季語も万全。
柴田:「不登校ただ三日月が好きなだけ」にするか、たいへん迷いました。こちらを選んだ理由は、夏の終わりに大きな失し物をして、代わりになる物が見つからなかったからです。
伸:あれから冬が来て、リセットボタンではなく電源を抜くような事件がありました。彼女たちもきっとリセットボタンを探していたのかと思うと、悲しくなる。


超特選2点句

祖父を呼ぶように九月の深呼吸   宮崎斗士

南菜風 一郎 

一郎 : 「九月の深呼吸」を「祖父を呼ぶように」と形容したこと、そして、その二者の響き合いが、すばらしい。同じ作者の「縁談の真ん中に置く鳳仙花」「指相撲には椋鳥が住んでいる」「柚子置いて泉鏡花をはじめます」も好きです。
南菜風:おじいちゃんの他にもいろんなものが喚起されそうなひろやかさ。体内に取り込む大気が尊くて、いとしい。素直にこの句を選ぶことにしました。
亜美:喩の組み合わせが巧み。

キャッチボール夏の運河と平行に   田島健一

優司 かるべ 

石津優司 :キャッチボールと運河が共鳴している。「明るい・白っぽい・反復」というイメージ。平明な句であるのに、読後までその像が脳裏に強く焼き付けられていることに驚きを感じている。
かるべ:イメージが簡潔、鮮明で力強い。カッ!!と強い日差しと陰影が感じられました。

足濡らしたまま秋に入る金魚の碑   満月

姫余 鉄守 

姫余 :上中句をはしる幻想的でノスタルジックな雰囲気と、下句の表現への心地よい言葉のスキップに惹かれました。
鉄守 :謎掛けのような上句「足濡らしたまま」の「まま」が切れとして時間的な宙釣り状態を喚起し、そのまま中・下句の具象空間に招致されてゆくのが、この句の魅力である。また、「足濡らしたまま」はリアルな部分的なカットであり、「金魚の碑」は句全体を統括する作者の個人的なシンボルとみなしえる。俳句の本質にかかわる虚構をうまく捉えているとみるが、句会においてはひとりの方の特選のみとはどうしたことか?

夏風邪やひょっこりひょうたん島に崖   大石雄鬼

またたぶ あかりや 

またたぶ :ハートをわしづかみにされた句。初めはそれとわからないくらい、後では引き返せないくらい。散文的解説を拒否して輝いている句。
あかりや:最終的に<指相撲には椋鳥が住んでいる>と二句が残りました。どちらの句も心地よい淋しさの心当たりを一人でストーブにあたっている私にあたえてくれました。ありがとう。で、<夏風邪>を選んだ理由はというと、私からすると<夏風邪>の淋しさが<指相撲>の淋しさより<年齢>が高いということ、それだけに思い出の量が多いという事、それだけの事です。文化人類学者の西江雅之氏がかつてエチオピア?の原住民に日本のチャンバラ映画を見せたところ、背景の草むらから偶然、蝶が舞い立った時に一番反応があったという事を話していたことがありましたが、<夏風邪の>句を読んだとき不意にそのエピソードを思い出しました

球体を投げて歪みを知る晩夏   南菜風

梟帥 亜美 

梟帥 :ニュートンとガリレオが一緒に来たのかと思ったょ。それを見てたのがニーチェで、お釈迦様が悟り開いて達磨は手足をちょん切ったそうな。
伸:準特選。リセットボタンの句と最後まで迷って、こういうことになりました。申し訳ない。
亜美:「球体」というという言葉の生硬な響きと、若干説明調であるものの、ゆるやかな韻律がすっきりとけあっている。それは作者の繊細な感受とも重なりあっているよう。うっすらと批評が籠るというか、覚醒したまなざしが感じられる点もよいと思います。

俺と居てほろりとにがき鈴木かな   あかりや

鉄火 りえ 

鉄火 :中華料理屋でチャーハンか何かをつついている。二人はバイトの帰りで、鈴木君が職場の愚痴か何かをこぼしている。そんな光景が浮かびます。具体的なことは何も言っていないのに、そこまで想像させられてしまいます。
さとうりえ :悩んだあげくにこれを選んでしまった(笑)。超季節的俳句としてこの半年でもっとも印象に残った句のひとつ。この前にも後にもこのような句が現れないことを願う。
亜美:鈴木っていいやつ。次は「田中」句を。
いちえ:「鈴木くんのくつ下の匂い」(市販品)という液体をもらったことがあるけど、超くさかった。

どれみふぁの どからどまでのなつやすみ  北山建穂

いちえ MIYO 

MIYO:僕のお気に入りはこの作品です。抽象的であり、なおかつイメージが浮かんできそうな、シュールな感じってところか?僕だったら、後半を‘どからドまでの丘のなか’とします。
いちえ:やさしさに満ちたこの句。一目で気に入りました。

狼の薄く眼を開く初時雨   後藤一之

健一 かんこ 

かんこ :見事な句。精悍な狼がおもむろにしかし確かに、そしてかすかに眼を開けて、全存在でたしかめ受け止める初雪ー冬。これが、「狼の薄く眼を開け」で表現されている。文句なく超特選です。
健一 :今年いちばんでした。いい句だと思います。

不登校ただ三日月が好きなだけ   宮崎斗士

秋 めぐみ 

秋 :高校で家庭科の講師をしているものですから、時々長期欠席する子がいて、ちゃんと戻ってくるか心配します。そんな子は、どこか繊細で、反体制的な感じがあります。そんな印象を「三日月がすきなだけ」で、うん、いいなと思って私の特選としました。
めぐみ:「好き嫌いで選んでも良い」と言ってもらえたので、選句させていただきます。この句を拝見して、一見、深刻に思えるような問題も実はたわいもない理由でしかないような、そんなに深刻に考えなくてもいいじゃんか、みたいな意味あいにとらえたんです。凄く的確な句だと思いました。
あずさ:アドレッセンス。

青い線ひとつ描いて海がある   山口あずさ

麻貴 にゃんまげ 逆選:景琳 

景琳 :大きな海がたかが線いっぽん..でも青い海みた。
麻貴 :たぶん、画用紙かキャンバスに描いていらっしゃるのだと思うのですが、その線で海を一瞬で紙の上に再現しているような感じがします。
にゃんまげ :海が好きです。

失言を取り消す気なし髪洗ふ   桑原伸

景琳 圭司 逆選:あずさ 

景琳 :シャンプーしてすっきりの気分が分かる。
圭司 :一番何というか、ドン、ときたから。今の自分にとって。
亜美:女のひとのりりしさとせつなさ。
あずさ:失言は取り消した方がいい。だって、後々気分がわるいもの。失言は取り消してしまった方が、髪を洗うより数段すっきりするだろう。(「じぶんでじぶんをしつける辞典」編纂人的感想をお送りしました。)


超特選1点句

鰯雲いつも猫ゐた場所に花  白井健介

Y 

Y:枯れているというか、疲れているというか、いまのぼくにはこの句が一番興味深かったです。とくに目の醒めるような才気を感じるわけではないかもしれませんが、あるいは「型」にはまった感じがあるかもしれませんが、いまのぼくには「型」−先人の積みあげてきた知恵の集積−のなかで、目が醒めなくてもよいからホットするような句がなじみます。この句は物語を生みそうな気がします。どんな猫だろう、飼い主は、猫は飼い主の象徴だろうか、花はどんな花だろう、花が枯れた後は、etc.もしかすると、花は自生しているのではなく、生け花かも、そうすると飼い主は残っていることになるし、なんて。まあ、死んだ人が花になるなんてありふれているかもしれませんが、それもユングの元型のようにありふれるにはありふれるなりの理由がありそうですし。感想が散らばっていますが、とりあえず俳句を詠まない素人としてこの句を。

抱擁や龍の額に花野がある   中村安伸

ひろの 

ひろの:あと「鈴木かな」と「ポケットティッシュ」と「世界がアイラブユー」がおもしろーいと思ったけれど、句会が終っても覚えていた句、何度も浮かんでくる句だったのでこの句を推します。句会で度肝を抜かせる句もすばらしいと思います。でも最終的な目標にしたいのは愛唱性のある句かなあ。そのときすごいー、と思っても三日後には忘れちゃう句もあるもんね。
亜美:ちょっときれいすぎる感じもしますが、繊細な感受性が伝わってくる佳句。

勇気って電気檸檬のことですの?   千野 帽子

あずさ 

南菜風:いいなあ。ビビビとキました。(笑)勇気なんてなくてもぬけぬけと生きていける人もいらっしゃいます。
あずさ:「電気檸檬」これぞ正に「勇気」である。わたしがこの発見をしたのなら、恐らく単純な断定にして一句出来上がり、としてしまっただろう。が、この作者は違う。「〜ですの?」などと、しらっと言ってのけるのだ。この緻密な裏付けを持つふてぶてしさに、わたしは嫉妬すら覚える。

ひまわりの羽音が聞こえたかと思う   青嶋ひろの

さつき 

さつき:悩みましたがこれを選びました(<失言を>か<鰯雲>で悩んだ)。わたしも花の中で1番ひまわりが好きで、1度でいいから群れてたくさん咲いているひまわりを見にいきたいと思っていました。(ひまわり畑?)きっとその中に1人紛れこんでしまったら、“ひまわりの羽音”が聞こえてくるんじゃないか−そんな想像力をかきたてる1句だと思います。

ひぐらしやがんばるときのかたえくぼ   さとうりえ

船外 

船外:少女頃の君のかたえくぼを、昔の少年は覚えていた。

休日の解き放たれし足の指   足立隆

yokot 

yokot :きもちいいわー。<極月のノスタルジアという病><勇気って電気檸檬のことですの?>も気に入りました。

待ち針をひゃっぽん刺されマネキン笑む   またたぶ

ゆかり 

ゆかり :「どれみふぁ」と「人体」と「白百合」で迷いました。が、やっぱり「マネキン」の魅力にはかないません。マネキンははまると私の中では強いのです。奇をてらうことのないわかりやすい句でありながら、凄みがあります。最近のマネキンは無機的になってしまって、髪の毛も毛でできていないし、ハゲのままの白いものも多いですね。それが少々寂しいのですが、この句に登場するマネキンはハゲのままでも許せます。背後に、なにか怨念のような渦巻くものも感じられます。夢に出てきたらどうしよう。「ひゃっぽん」というひらがな表記はポップさを醸し出していて、印象が不気味さのみに集中していません。それが味わいに奥行きを持たせていると思います。私はこの句がとても好きです。
伸:そういう映画がありましたね。

月映る瓶より指紋拭い取る   岡村知昭

蓮 

蓮 :この句を気に入ったので、この句です。「ぬぐいとる」という語感が、力強く感じる。

ちちははの恋し夜もあり鴉瓜   石津優司

けん太 

けん太 :非常に悩みました。同レベルの作品が最低6句ありました。どれを選んでもよかったのですが、最後は好みでこれになりました。恋と鴉瓜の奇妙な取り合わせ、それが奇妙な世界を築き、意外な詩を醸し出していると思います。「愛し」ではなく「恋し」なのも好感です。

何もかも棄てて九月の蝸牛   小島圭司

一之 

一之:俳句は私小説だと波郷は言った。『九月の蝸牛』のユニークな『我』に乾杯!

実印と同じ重さの杏子かな   宮崎斗士

哲郎 

哲郎 :実印というものを作りました。全人格がつまりはこれなのかと思うと、こういう実感がありました。しかし「人生の軽さ」なんていうと大袈裟だし処世訓じみているので、人生とは杏子くらいに重いものなんだ、ととりたいです。

愛らしい玩具のような「非国民」   山口あずさ

斗士 

斗士 :爆笑句「俺と居てほろりとにがき鈴木かな」と、ギリギリまで迷ったが、こちらにした。あらためて「非国民」という言葉のエンターテイメント性みたいなものに惹かれる。きわめて現代的感覚である、という解釈もできるが、戦前戦中の時代にも、こんなふうに思っていた人だって、きっといたに違いない。あと、この玩具が大人の玩具だったら、また違った深みが出てくる。何言ってるんだか。ともあれなんとも不思議な作品。
カズ:非国民とはおもしろい表現。非行少年では?

指相撲には椋鳥が住んでいる   宮崎斗士

雄鬼 

雄鬼 :指相撲から椋鳥への飛躍、あるいはその逆かもしれないが、こういう飛躍が詩であろう。言われてみれば、なるほどと違和感はないが、こういう発想は容易ではない。新しい俳句は、新しい言葉、俳句で使われていなかった言葉、口語的表現ではなく、新しい発想にある。そしてそれが難しい。

草の穂よペテルブルグのお針子よ   千野 帽子

健介 

健介:第9回向上句会の私の特選評に書いたとおりですが、付け加えるなら私にはとうてい真似することが出来ないであろう把握の仕方によって構築されたスケール感を持つこの作品世界への憧れとでもいうべき感銘が『超特選』とした理由でしょうか…。“マスターキートン”の中に出てきそうな場面の雰囲気のような印象を私は抱いたのだけれど…てなことを言うとチノボーさんにきっと呆れられちゃうんだろうなぁ…う〜ん…チノボーおそるべし…。以上。

丈夫と言っても西瓜の皮程度   山口あずさ

帽子 

帽子:なぜだか頭から離れない。好きな理由を説明するのがいちばんむずかしいので、この句にしました。

柚子置いて泉鏡花をはじめます   宮崎斗士

満月 

満月:やはりこれだった。皮膚の薄い端正な教師の顔と、すっきりと切り取られた晶しい空間、「はじめます」ですっと次の時空へ入るちょっとあらたまる気持ち−すべてが手垢とか俳句臭さとかいうものと無縁なところに存在していて洗われた気分だ。
いちえ:泉鏡花の本って難しくって読みにくくって…だから何だって言わないでね。

極月のノスタルジアという病   さとうりえ

悦花 

守:この「ノスタルジア」って言葉が好きでねえ。つい、目についてしまったから。今一つ句の意味が読み取れないが、なんとなく好きになれるって意味では、いいね。俳句ってのは、そんな感じでいんじゃないの。
悦花:世紀末の崖に佇つ我ら。ノスタルジアって病だったのね。

片肺に金魚が跳ねる伽草子   山口あずさ

祥子 

祥子:日本の紅である朱金の金魚が片肺で跳ねてるシュールなお話。
亜美:詩的な語が頻出してちょっと散漫。

雲遠く校長先生の忘れ物   山本一郎

肝酔 逆選:秋 

秋 :ごめんなさい。なんだか、ぜんぜん具体的な忘れ物のイメージが上がってこないものですから。
肝酔 :私がこの俳句に心動かされたのは、一番よいところを詠み手が句の中であえて言っていないからかもしれません。この詠み手は、一番おいしいところを読み手が発見し、味わえるよう配慮してくれたのでしょう(親切な人です)。またどの言葉にも負荷がかかり過ぎていないため句全体がスラリと頭に入ってきます。そしてその後でジンワリと(郷愁が)広がって、それがどんどん大きくなっていく感じがします。

ホテル「らぶ」年中無休秋暑し   田島健一

ミッチー 逆選:カズ 

ミッチー:どこにあるんだろうホテル「らぶ」。男女のまぐわいと人間のおかしさいとおしさ、が男女の汗のにおいとともにきそうな名句。
カズ:秋暑しがつまらなくしている。
いちえ:埼玉県にホテル「あそこ」というのがあるのを知っていますか?

コスモスの土手切れ目なく長々と   愚石

守 逆選:一郎 

一郎 :「あんた、コスモスの土手が嫌なんかい!」、「長々と」と言われるとそう問いかけたくなります。
守:まず、これが一番。友達が、俺は「視覚的」な人間と言ったが、これがその「視覚」からもっとも素直に情景を思い浮かばせたから。どうにも、俳句の世界は不可思議だね。時代につれ、人につれ、俳句も変わっていくのだろうけれど、どうにも「川柳」のようだね。言葉の自由を楽しみ、言葉の可能性を探る主旨なのだろうけれど、俺は、俳句ってのは綺麗でなければならない気がしている。この句は、綺麗だね。

狐火のぺかぺかぺかを疑わず  北山建穂

安伸 逆選:健介 

健介:この句が宮澤賢治に何らかの関連性があるのかどうか私には分かりません。ただ、まさしくこの「ぺかぺかぺか」という音声を伴う謎の発光を“ウルトラセブン”の一場面で見た記憶が私にはあります。そうかぁ…あれが「狐火」って言われることもあるかもなぁ…あっ、ハズしてます? ともあれ訳の分からないこのインパクトの強さはただものではない。
安伸: 狐火の霊妙なイメージを、一転して非常に安っぽいものにしてしまう「ぺかぺかぺか」の見事な効果。


特選句

月明り仏像みたいな猫と人   林かんこ

あずさ:三毛は今や悟りの境地。

人体に南北の果て鳥帰る   鉄守一彗

南菜風:いいですね。でも「鳥帰る」が、せっかくの広がりを、習性とかそういう方向にまとめてしまうような気がして、ちょっとだけ私には残念だった…上手く言えませんが。「人体に南北の果て」だけで、私はいいのかも。
カズ:兜太さんの弟子ですか。
亜美:「南北の果て」という喩にしびれた。硬質の叙情。

縁談の真ん中に置く鳳仙花   宮崎斗士

あずさ:絶妙な距離感。

炎昼の穴掘る遊び遠いサイレン   あかりや

南菜風:意味はなくてもはじめたらやめられない穴掘り遊びにサイレンが無関係に聞こえている風景。時空というのは繋がっているのかずれているのか時々わからなくなる。
斗士:防空壕だろうか。

シェイキナベビィ八月生まれの雪だるま   山口あずさ

あずさ:(自解)ロックには諧謔がある。俳句はロックである^^!。

プラタナス冷たい指で握手する   さとうりえ

あずさ:握手がいつも暖かいとは限らないのだね。この冷たいをどうとるか。ちなみに冬場の私の手は死体並に冷たいのだよ。

大いなる なーんちゃって 草茂る   肝酔

伸:吉田拓郎に「大いなる人」というアルバムがある。最近、あの人もそういう言葉があてはまらなくなったなぁ。なーんちゃって。

ボサノバやナッツをつまむ夜長酒   桑原伸

あずさ:太っても知らないよ。

向日葵の点滅東京駅痩せる   坂間恒子

伸:実は今、東京駅の地下でこのコメントを考えています。
亜美:少し病者の光学めいた感じ。

玉蜀黍に宇宙へ還る日はあるか   山本一郎

あずさ:コーン人間も故郷に帰りたいのだね、きっと。
斗士:2001粒宇宙への旅。

夏のバス岸田今日子が昼寝する   松山けん太

カズ:岸田今日子とはうまいね。
斗士:岸田今日子といえば「傷だらけの天使」を思い出す。「おさむちゃん・・・」

白桃の嘘に気づいたのは君か   青嶋ひろの

あずさ:<白桃の種のあたりに嘘がある>ような気がする。
斗士:なんか「点取り占い」的なノリ。

ヴァニラの木抱く くるしくて一晩抱く   千野 帽子

斗士:千野くんもいろいろやるなあ。
あずさ:ヴァニラの匂いって好きだけど、確かに苦しい。ああ、でも止められないのよ。

キャベツより翼剥がして誕生日   大石雄鬼

斗士:誕生日って、やっぱりなんだか神秘的だ。
亜美:翼の喩がこじんまりとよくまとまっている。

夜さり来て 月は化石になりたがる   北山建穂

あずさ:月にはタナトスがあるのだね。

足の指で一期一会を練習す   あかりや

斗士:「練習す」面白い。
あずさ:足指というのは、なんと一期一会的であることか。ぜんぜんカンケーないが、一期一会と内山いちえは少し似ている。

小春日や法事帰りの茶碗蒸し   肝酔

伸:いい句と思うけどなあ、ちょっと手厳しいコメントもありましたね。
斗士:「小春日」が、つきすぎでしょう。

五月雨や夜のどこかにブルースが  桑原伸

あずさ:淡谷のり子?

紫陽花の紫色の我が祖国   松山けん太

伸:奈良に行ったとき、奈良にもこの句はあてはまるなと思った。う〜ん、ウディ・ガスリーが聴きたくなってきた。

野良終えてどの路行くも彼岸花   石津優司

あずさ:1999年現在、この句はSFかもしれない。

想像の月まぶしくて目をあける   千野 帽子

あずさ:瞼の裏でハレーションを起こす月。

臍の緒を母屋にしまひ兎狩る   大石雄鬼

あずさ:臍の緒って、やっぱり大事な感じがする。見た目も漢方薬みたいだし。

花板の包丁走る秋の水   朝吹鯨酔

斗士:「花板」という言葉、よく持ってきたなあ。
あずさ:鉄人の句?

夕映えに泣いてるような富士が好き   林かんこ

あずさ:明日は雨か。

雲の峰忽然とある商都かな   松山けん太

亜美:「忽然」「商都」生硬でざらりとした異質感を感じさせる言葉選び。「雲の峰」は?

台風の海へとむかふ中継車   桑原伸

あずさ:2次災害に御用心。

またひとつ白鳥を追い越して死   山本一郎

あずさ:白鳥を追い越してはいけなかったのだね。

クレシェンド・デクレシェンド秋の雨   北山建穂

あずさ:自由が丘あたりの喫茶店。

これきりの花火はんぶん雲の上   林かんこ

あずさ:雲の上で花火見物をしたらどんなだろう。

蝶の真似して血脈の腕伸ばす   あかりや

あずさ:血脈の腕で飛べるのだろうか。筋肉質のダンサーの腕か。

君いつかサンタ殺人犯しけり   肝酔

あずさ:プレゼントはこれが欲しいと親に注文する合理的精神の持ち主であったわたしは、もしかすると夢のない子供だったのかも知れない。

秋霖に座ってゐたる麒麟かな   後藤一之

あずさ:麒麟の気品。

落ち葉道いっぷく老爺に煙り燃ゆ   城名景琳

あずさ:落ち葉、いっぷく、煙、は付くと思う。

東京駅の空をはがせば銃口がほら   山本一郎

伸:テポドンの攻撃目標が、ワシントン・ソウル・東京と記事にありましたね。ゾっとするよ。
斗士:「銃口がほら」の臨場感がいい。

ころがって月の音する桃の核   千野 帽子

あずさ:桃の核って、月の石と親戚のような気がしないでもない。

体内に蜘蛛あり水を求めけり   大須賀S字

あずさ:かなりこわいびょうき。

黄落期面接官の鼻、鼻、舌   田島健一

いちえ:舌…エッチ。鼻もエッチ。面接官はもっとエッチ。
斗士:「黄落期」が、もうひとつ決まってないような気がした。中七下五は面白い。

浮輪の口つきだしている生家かな   大石雄鬼

あずさ:浮輪の口とは、あの空気を入れるところだろうか。あれは出臍に似ている。

あんぱんかもしれない鶴の断面よ   中村安伸

カズ:耕衣さんの弟子ですか? でもおもしろい。

禿山の禿に人いる五月かな   田島健一

あずさ:禿山の禿部分にいる人はなぜか幸せそうな気がする。

むこう岸の泡立草まで待ってください   満月

いちえ:はい。

筋肉の素描背景は郭公   坂間恒子

あずさ:郭公って筋肉質な鳥かもしれない。

満月に窓塞がれて家鳴(やなり)かな   千野 帽子

あずさ:大きな月というのは、少し恐い。月に窓を塞がれたらわたしの秘密はすべてバレてしまうかも。

ダンサーの硝子のなかにたつ無月   大石雄鬼

亜美:ちょっときれいすぎる感じもしますが、繊細な感受性が伝わってくる佳句。

倒産の噂話や柿の種   松山けん太

あずさ:柿の種がもし噂の種だったらちょっと食べるのが恐い。

蝶凍つるすべての蝶を思い出し   千野 帽子

あずさ:蝶の集合的無意識。

木枯の一号といふ色気かな   桑原伸

いちえ:えー? そうかなあ?

敬老日女体の棒と化す奇術   白井健介

あずさ:腰が曲がらなくなった魔法使い。
斗士:棒が女体に変わるほうがいい!

アメリカの国旗にアイロンの形   山口あずさ

伸:ポップ・アートにありそうだけど、タブーなのかな、こういうのって。

流星群ネコと並んで待つ夜更け   林かんこ

あずさ:猫にとって流星群はもしかすると恐ろしい現象だったかも。

黄落すグリコ男(マン)まだゴール前   またたぶ

南菜風:アノヒトは、永遠にゴール直前という感じがする。(笑)一番しあわせな位置かもしれない。
斗士:そういえばグリコって最近20年ぐらい食べてない。でも味は覚えてる。スポロガムが好きだった。

白百合は天使を抱いていた匂い   青嶋ひろの

あずさ:白百合って天使の揺りかごだったのだねぇ。

秋の灯や十年日誌の空白日   船外

あずさ:空白の方が多いかも。
斗士:十年日誌、うちの母がつけています。記念日作りに便利だね。

炎天のアスファルト来るユダヤ人   足立隆

あずさ:なぜだかわからないが、この人はコルボ神父のような気がしてしょうがない。

聖夜このポケットティッシュ受け取れよ   またたぶ

逆選:りえ 

斗士:「受け取れよ」という言い回しが何とも味わい深い。これいい句だね。
さとうりえ :特選にしようかどうかとても迷った。どうしてもトナカイかなんかの着ぐるみを着た男が、雪の降る街角で無言でティッシュを配っている図が思い浮かんで、駆け寄って抱っこしてあげたくなる。

「じゃっ、切るね、あっ、それから」って秋の宵   KURAZ

逆選:亜美 

守:これは、「わかる」句。いいねえ、とりわけ「あっ、それから」ってところに、その人の息づかいまで聞こえてきそうでいいねえ。まあ、俺には縁のない世界だけども。第一、俺がそう言われても、ガチャン、って切ってしまうだろう。…なんか、馬鹿馬鹿しいねえ。
亜美:少しくどい。この「」の中にあらわされた内容を凝集して言葉に託すのが詩の覚悟だとも思うのだが、この「たるい」韻律にちょっと魅かれたりもする。
斗士:阿部定を思い出した俺は、いったいどういう人間なんだろう。

蚯蚓鳴く世界がアイラブユーと鳴く   肝酔

逆選:梟帥 

梟帥 :いはんでもわかろう。
伸:以前はビートルズのことを書きましたが、ウディ・アレンの映画がベースにあったんですね。

踊りつつ夭折しつつある眉毛   中村安伸

逆選:満月

満月:超特選の逆選だから、逆という名でも選に値する何らかの迫力がある句を選びたいと思った。もう一句、<ヴァニラの木抱く くるしくて一晩抱く>とどちらにしようかと思ったが、<ヴァニラ…>の自愛的な甘いからみつきが、この眉毛の、とんでもなくぽーんと飛躍しきった迫力に負けた。眉毛の踊りというのも気味悪いが、かつそれが夭折する、などというあまりといえばあまりにも強引な設定が、力ずくの上手ひねり?で一本。

冬虹が見えますセックスレス夫婦   宮崎斗士

逆選:肝酔 

肝酔 :12月の句会で私はこの句を逆選にしたのですが、その後選評を読んでちょっと考えが変わりました。特に冬の虹という季語とセックスレスの組み合わせに関して、「セックスレスも悪くないと思った」という感想を寄せられている方がいらっしゃり、これは私には思いも付かなかった感想で、そういう感じ方もあるものだと思いました。で、またこれを逆選に選ぶのは抵抗があるのですが、敢えてその理由を言わせていただければやはり私は「セックスレス」という言葉と概念自体に嫌悪感を抱いているということになります。セックスレスという概念は、ワイドショー的マスコミが最近になってどこからか持ってきた概念のような気がするのです。女性週刊誌の編集者がインパクトの強い見出しをつくるために捏造したような浅薄な言葉をあえて使う必要がどこにあるのか、この句を拝見した限り私には分からなかったのです。
いちえ:ほどほどにしないとセックスレスになっちゃうよ
あずさ:いちえちゃん、要するに「やりすぎ」で冬虹が見えたってこと?(ああ、なんてことを--;)